どれだけ時間をかけても、思うような反応がない。
正確に書いているし、内容も間違っていない。
それなのに、なぜか届かない――。
そんな“もどかしい時間”を過ごしてきた。
けれど、不思議なことに、それでも書くことだけはやめられなかった。
これは、そんな日々の中で少しずつ見えてきた小さな変化の話です。
届いているのに、届いていない気がする午後
昼下がり、窓の外は静かだった。
冷めかけたコーヒーを飲みながら、3時間かけて書いた記事を投稿した。
「今回は少しは読まれるかもしれない」
そんな期待を胸に、ページを閉じる。
夕方、そっとアクセス画面を開いた。
数字は動いている。いくつかのアクセスがある。
けれど、コメント欄は空白のままだ。
誰かが“見た”ことはわかる。
でも、“何かを感じた”気配がない。
届いているようで、届いていない。
この微妙な距離感が、妙に胸に引っかかった。
正しいことばかり覚えて、肝心な何かを忘れていた気がする
「刺さる文章 書き方」
検索バーに打ち込みながら、何度も同じ記事を読んでいる自分に気づいた。
書いてあることは、どれも正しい。
「読者の悩みを明確に」「ストーリーで共感を」――。
頭では理解できる。けれど、手が動かない。
理屈はわかるのに、実際に書こうとすると指が止まる。
まるで、道順は覚えたのに、地図の中で自分の現在地が見つからないようだった。
“正しさ”に頼りすぎて、
大事なものをどこかに置き忘れてきた気がしてならなかった。
正確さの奥にあった「守りの姿勢」
ある日、記事を読んだ知人が言った。
「内容はしっかりしてるね。レジュメにすれば完璧だよ。」
うれしかった。
けれど、そのあとに続いた言葉が、心に残った。
「でも、読んでも“フーンそうなんだ”で終わっちゃうんだよね。」
笑ってごまかしたけれど、胸の奥で、何かが小さく鳴った。
別の人にも言われた。
「説得力はあるけど、悩みは解決されないんだよ。」
そのとき、はっとした。
私はずっと“間違えないように書くこと”ばかりを考えていた。
正確であることに必死で、そこにいる“自分”を、すっかり置き去りにしていた。
文章は整っていた。
でも、温度がなかった。
──たぶん、私は「正しさ」で自分を守っていたんだ。
そう思ったとき、胸の奥が少し痛んだ。
でも、その痛みはどこか、悪くなかった。
感情を入れてみた。でも、まだ“届く書き方”がわからなかった
次の記事で、思い切って少しだけ自分のことを書いてみた。
「書き終えたあと、ふとため息が出た。
伝えたいことはあるのに、どの言葉も少し遠回りしてしまう。」
正直、これを書き込むのに少し勇気がいった。
「こんなこと書いて、どう思われるだろう」と。
それでも、思い切って投稿した。
結果は……特に変わらなかった。
アクセスも反応も、いつもと同じ。
でも、なぜか前より落ち着いていた。
“あ、これが今の自分なんだな”と、
初めて少しだけ受け入れられた気がした。
自分の気持ちは書けるようになった。
けれど、読者の目線にはまだ届いていない。
そんな距離が、もどかしくもあった。
まるで霧の中で、方向を変えようとして、また同じ場所に戻ってくるような感じ。
それでも、その霧の奥に、うっすらと“何か”がある気がしていた。
もがきの中で、“誰か”の顔が浮かんだ
書いても、やっぱり大きな反応はなかった。
数字は動くけれど、静かなまま。
そんなある日、ふと知人の言葉を思い出した。
「最近、頑張ってるのに、何をしても響かないんだよ。」
そのとき、自分も似たようなことを感じていたのを思い出した。
あの感覚だ。頑張っているのに、届かない。
文章を書きながら、自然とその人の顔が浮かんだ。
もしかしたら、私は“あのときの自分”に書いているのかもしれない。
読者を意識すると空回りする。
でも、あの頃の自分に向けてなら、少しだけ言葉が柔らかくなった。
たいした変化じゃない。
でも、あの感覚だけは「これでいいのかもしれない」と思えた。
それだけでも、今日は十分だった。
霧の中でも、前に進むということ
書くたびに、霧の中を歩いているような気がする。
見通しは悪いし、方向も確かじゃない。
それでも、手を止める気にはなれなかった。
書いている間だけは、自分とつながっていられる気がしたからだ。
以前は、「どうすれば刺さるか」を考えていた。
今は、「どうすれば届くか」を考えている。
たぶん、それだけでも少し違う。
数字はまだ動かない。
誰かの反応もない。
でも、書いている時間の中に、
少しだけ“生きている感じ”が戻ってきた。
変わったのは、きっと数字じゃない。
書いている自分のほうだ。
焦りはある。
それでも、「これでいい」と思える瞬間が、ほんの少しずつ増えてきた。
それで、今は十分だと思う。
あとがき
書くことで何かを得ようとすると、つい結果を急いでしまう。
でも、たぶん文章って、そういうものじゃない。
書いて、考えて、また迷って。
その繰り返しの中で、少しずつ“自分の言葉”が育っていくんだと思う。
だから今日も、うまく書けなくても、まずは机に向かう。
その積み重ねの中に、
小さな“答えの種”がある気がしている。

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