水道料金の値上げは避けられるのか?公共性を守る上水道の未来

アラヤス

毎日何気なく使っている水道水。蛇口をひねれば当たり前のように出てくるあの透明な水は、実は複雑な仕組みと課題を抱えています。

最近、道路が突然陥没したり、古い水道管から水が噴き出したりするニュースを見かけることはありませんか?

これは氷山の一角に過ぎません。日本の水道インフラは重大な岐路に立っているのです。

今回は普段は見えない水道事業の舞台裏と、私たちの生活に直結する将来の選択肢について徹底解説します。

目次

毎日使う水道の舞台裏―知られざる仕組みと法的根拠

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あなたが今朝、顔を洗った水。その水はどこから来て、誰が管理しているのでしょうか?

日本の水道事業は基本的に市町村が運営する「公営事業」です。水道法(昭和32年法律第177号)に基づき、安全で安定した水の供給が義務付けられています。具体的には以下のプロセスで運営されています:

  1. 水源の確保と取水 – ダムや河川から原水を確保
  2. 浄水処理 – 沈殿・ろ過・消毒などの工程で飲用可能な水に
  3. 送配水 – ポンプや配水池を経由して各家庭へ
  4. 水質管理 – 51項目の水質基準(水道法第4条)に基づく検査
  5. 施設維持管理 – 24時間365日の監視と定期点検

水道料金は「独立採算制」が原則で、使用者からの料金収入で事業費を賄う仕組みです。料金設定は地方自治法(第244条の2)に基づき、各自治体の議会で条例として定められます。

「水道は一度整備すれば半永久的に使えると思われがちですが、実は約40年で更新が必要なんです。」(元水道局技術部長)

破裂する水道管、陥没する道路―あなたの街の水道は大丈夫?

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なぜ今、水道事業が危機に瀕しているのでしょうか?

その答えは「老朽化」と「人口減少」という二つの大きな課題にあります。

老朽化の現実

日本の水道管の総延長は約66万kmで、地球を16周以上する長さです。そのうち約17万kmが法定耐用年数(40年)を超えており、今後20年で更に約31万kmが耐用年数を迎えます(厚生労働省「水道事業の基盤強化に向けた取組について」2023年)。

老朽化した管は破裂リスクが高まるだけでなく、漏水による無収水率の上昇も招きます。全国平均で約7%の水が途中で失われており、これは年間約800億円の損失に相当します。

資金不足の構造的問題

更新費用はどのように調達されるのでしょうか?

水道事業では「減価償却費」を料金に含め、将来の更新のための内部留保を積み立てる仕組みがあります。しかし現実には:

  • 高度経済成長期に一気に整備された施設が同時期に更新時期を迎える
  • 多くの自治体で積立金が不足している
  • 全国の水道管更新に必要な費用は今後40年間で約28兆円と試算されている

一方で、人口減少により給水収益は年々減少。2000年から2020年の間に全国の給水収益は約8%減少しました(総務省「地方公営企業年鑑」)。

「固定費の割合が高い水道事業では、使用量が減っても維持管理コストはほとんど変わりません。これが料金値上げ圧力になっているのです。」

水道民営化は救世主か罠か?―3つの方式と実際の効果を徹底比較

「水道料金が3年で1.5倍に跳ね上がった」「水質悪化で住民が集団訴訟」「台風被害で3日間断水したのに責任の所在が不明確」?これらは海外の水道民営化の失敗例です。一方で「維持管理コストが30%削減」「最新技術導入で漏水率が半減」という成功事例も。

2018年に改正された水道法によってコンセッション方式が導入され、日本の水道も今、大きな岐路に立っています。

1. 完全民営化―イギリスとボリビアの明暗

仕組み: 水道施設の所有権と運営権の両方を民間企業に売却する最も徹底した方式

「朝、蛇口をひねっても茶色い水しか出ない日々が続いたんです。でも会社は『基準内だ』の一点張り。私たちの声は株主の利益より軽いのでしょうか」?イギリス・ヨークシャー地方の住民の声です。

メリット

  • 大規模投資の実現: イギリスでは民営化後10年間で約8兆円の設備投資が実現
  • 経営効率化: テムズ・ウォーター社は人員削減と技術革新で漏水率を42%から27%に改善
  • 水質基準違反: イギリスでは民営化前の10倍の厳格な基準が導入され、違反件数は実質的に減少

デメリット

  • 料金高騰: イギリスでは民営化後10年で平均40%上昇、低所得層の支払い困難が社会問題化
  • 短期的利益優先: 四半期決算に縛られた株式会社は長期的視点での投資を避ける傾向
  • 撤退リスク: ボリビアのコチャバンバでは民間企業が採算の見込めない地域から撤退し、水不足が深刻化

成功例:イギリス・アングリアン・ウォーター

1989年の民営化後、徹底的な効率化と規制機関「OFWAT」による強力な監視の両立により、サービス向上と適正料金を実現。成功の秘訣は「規制と競争の絶妙なバランス」にありました。民間企業同士の「比較競争方式」を導入し、相互に切磋琢磨する環境が作られたのです。

失敗例:ボリビア・コチャバンバ

2000年、米国ベクテル社への完全民営化後、料金が一気に3倍に上昇し「水戦争」と呼ばれる大規模抗議活動が発生。最終的に契約破棄に追い込まれました。失敗の原因は「住民との対話不足と急激な料金改定」。公営時代の赤字を一気に解消しようとした無理な計画が招いた悲劇でした。

2. 公設民営(指定管理者制度)―日本の温泉町の挑戦

仕組み: 施設は自治体が所有したまま、運営のみを民間に委託する方式

「職員の頃は『前例踏襲』が鉄則でしたが、民間企業として自由に提案できるようになって、毎日がワクワクしています」―ある温泉地の水道事業に転職した元自治体職員の声。

メリット

  • 柔軟な人事制度: 静岡県掛川市では夜間・休日対応を外部委託し、年間2000万円のコスト削減
  • 専門技術の活用: 工業用水処理のノウハウを持つ民間企業が高度な浄水技術を導入
  • 顧客サービス向上: 営業時間の延長、オンライン手続きの導入など利用者目線のサービス改革

デメリット

  • 契約期間の短さ: 多くの場合3?5年の契約期間で大規模投資が難しい
  • 技術継承の断絶: 神奈川県の事例では自治体職員の技術力低下が問題に
  • 分割委託の非効率: 浄水場と管路の管理を別会社に委託したことで連携不足が発生

成功例:広島県尾道市

2016年から導入した指定管理者制度で年間約1億円のコスト削減に成功。ポイントは「段階的な導入と明確な評価基準」。まず小規模浄水場から始め、成功体験を積み重ねながら範囲を拡大。さらに住民代表も参加する第三者評価委員会を設置し、透明性を確保したことが功を奏しました。

失敗例:静岡県A市(仮名)

包括的な業務委託後、台風被害による断水時に責任の所在が不明確となり、復旧が遅延。失敗の原因は「災害時対応の契約不備」。平時の業務効率化は実現したものの、緊急時の指揮系統や責任分担が明確化されていなかったことが致命的でした。

3. コンセッション方式―浜松市の挑戦から見えるもの

仕組み: 施設は公共所有のまま、運営権を長期間(20?50年)民間に売却する「第三の道」

「初めは不安でしたが、市の厳格なモニタリングと情報公開で、むしろ以前より安心できるようになりました」?浜松市の上下水道コンセッション導入後の住民の声。

メリット

  • 長期的視点の投資: 浜松市では20年契約で老朽管の計画的更新が可能に
  • 技術革新の導入: フランスのヴェオリア社はAI活用で電力使用量20%削減を実現
  • 公共性の担保: 所有権は公共のまま、条例による料金上限規制や監視委員会で公益性を確保

デメリット

  • 高度な契約条件: 宮城県では600ページを超える契約書作成に2年以上を要した
  • モニタリングコスト: 監視体制構築のために新たな専門人材が必要
  • リスク分担の複雑さ: 予期せぬ災害や水源汚染時の責任分担で紛争リスク

成功例:フランス・リヨン

グランド・リヨン都市圏では1986年にコンセッション方式を導入し、35年以上にわたり安定運営。成功の鍵は「厳格な性能規定と柔軟な手段選択」。自治体は水質や料金などの「結果」を厳しく規定しつつ、達成手段は民間の創意工夫に委ねることで、イノベーションと公共性を両立させました。

現在進行形の事例:宮城県

2022年から運営を始めた宮城県のコンセッションは、20年間で約200億円のコスト削減を目指しています。県は水質基準を法定より厳しく設定し、四半期ごとの評価委員会を設置。課題は「技術継承と地元企業との連携」。日本初の大規模事例として全国から注目を集めています。

公営と民営―本質的な違いとその影響

水道事業の民営化を考える上で、公営事業と民間企業の本質的な違いを理解することが重要です。

公営事業の本質:

  • 「住民福祉の最大化」が目的
  • 赤字でも必要なサービスを継続する使命
  • 利益よりも安定性・公平性を重視
  • 4年ごとの首長選挙で方針が変わるリスク

民間企業の本質:

  • 「株主利益の最大化」が法的義務
  • 不採算事業からの撤退は経営判断として正当
  • 効率化と利益追求のインセンティブが強い
  • 長期的視点での投資判断が可能

「利益を追求し投資先の利益を最優先にする民間企業に、利益ではなく住民サービスを求めるのは本末転倒ではないでしょうか」というのが私の見解です。民間のノウハウと投資能力は確かに魅力的ですが、本来利益は二の次の自治体と性格が根本的に異なります。民間企業は必ず投資の回収を行うため、長期的には料金値上げや不採算地域からの撤退といった問題が生じる可能性が高いのです。そのため、水道事業の民営化は将来的に公設民営方式以外は持続可能性に疑問があると感じています。「水」という生命に関わる資源を扱う以上、その公共性を担保できる形でなければなりません。

公設民営が最適解?―水道料金を抑えながら安全性を守る理想形

どの方式が望ましいか??公共性を守る選択

私の実務経験から言えるのは、「民間活力の活用は部分的に」ということです。水道という生命に関わるインフラを、利益優先の企業に全面的に委ねることはリスクが大きすぎます。

現実的かつ持続可能な選択肢は以下の通りです:

  • 小規模自治体(給水人口5万人未満): 単独での民営化は規模の経済が働かず非効率。まずは「広域連携」により規模を確保した上で、専門性の高い一部業務(水質検査や設備保守点検など)の部分委託を行うことが最適です。
  • 中規模自治体(5?20万人): 業務の効率化のために指定管理者制度を活用しつつも、監視機能と技術力は自治体内に維持するハイブリッド方式が理想的です。コア業務は公営のまま、周辺業務を民間委託する形が、公共性と効率性のバランスを取れるでしょう。
  • 大規模自治体(20万人以上): 完全民営化やコンセッション方式ではなく、部分的な業務委託と自治体の主体性維持を基本とすべきです。特に浄水場など中核施設の運営は自治体が責任を持ち、管路の維持管理など一部業務を長期包括委託する形式が望ましいでしょう。

いずれの場合も、以下の「4つの鉄則」が必須条件です:

  1. 自治体主導の運営体制: 「丸投げ」ではなく、自治体が監視を超えた主体的役割を持つ
  2. 公営による水質管理: 水質という最重要要素は公的機関が責任を持つ
  3. 料金決定権の保持: 議会を通じた民主的コントロールを維持する
  4. 技術継承の仕組み: 自治体内での技術・知識の保持と育成を確保する

「民間にできることは民間に」という単純な図式ではなく、「公共だからこそ守れる価値がある」という視点から、持続可能な水道事業のあり方を考える必要があるのです。

次世代に安全な水を残す道―持続可能な上水道への取り組み

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未来の水道を守るためには、民営化に頼るだけではなく、公営事業としての基盤強化が必要です。

公共性を維持しながら、以下の総合的アプローチで課題に対応すべきです:

1. アセットマネジメントの徹底

国土交通省が推進する「水道事業におけるアセットマネジメント」に基づく、施設の計画的更新と長寿命化が鍵となります。老朽度や重要度に応じた優先順位付けにより、限られた予算で最大の効果を得ることが可能です。

2. 広域連携の推進

2019年の水道法改正で都道府県による広域連携の推進が明確化されました。複数の自治体が連携することで:

  • スケールメリットによるコスト削減
  • 技術者の効率的配置
  • 災害時の相互応援体制の強化

などが期待できます。民営化より先に取り組むべき重要施策です。

3. 適正な料金設定

持続可能な水道事業には、更新費用を見込んだ適正な料金設定が不可欠です。総務省の「公営企業の経営のあり方に関する研究会」(2022年)では、将来の更新費用を含めた「フルコスト」を料金に反映させることを推奨しています。

これは決して「値上げありき」ではなく、世代間の公平性を確保するための必要な措置です。現在の住民だけでなく、将来の住民も公平に負担するという考え方が基本です。

4. 部分的な民間技術の活用

完全民営化ではなく、ICTやAIといった先端技術を持つ民間企業との連携を進めるべきです。例えば:

  • IoTセンサーによる漏水の早期発見
  • AIによる最適な浄水処理制御
  • ドローンを活用した施設点検

これらの技術を導入するために、特定業務の委託や共同研究といった形で民間ノウハウを活用することが望ましいでしょう。

5. 水道技術者の育成と確保

最も重要なのは人材です。特に技術職員の高齢化が進む中、次世代の水道技術者の育成が急務となっています。

  • 自治体間での技術継承プログラムの構築
  • 水道技術管理者資格取得支援制度の拡充
  • 短期間ではなく10年単位の人材育成計画

技術を持った人材がいてこそ、民間との適切な連携も可能になるのです。

あなたができること―地域の水道を守るための市民の役割

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「水道は100年の計」と言われます。今日の選択が、子や孫の時代の水環境を左右するのです。

私は、水道事業の本質は「公共性」にあると確信しています。利益を追求する民間企業に委ねるのではなく、適切な形で民間のノウハウを活用しながらも、公営事業としての責任と技術力を維持・強化していくことが、持続可能な水道の道筋です。

特に公設民営方式など、自治体が主導権を持ちながら民間の効率性を部分的に取り入れるアプローチが、現実的かつ有効な選択肢と言えるでしょう。

大切なのは、目先のコスト削減や「民間活力」という言葉に惑わされず、安全・安心な水を持続的に供給する体制をどう構築するかという視点です。

水道事業について知り、考え、声を上げることが、未来の水を守る第一歩となるでしょう。


あなたは今日も当たり前のように水を使いますか?それとも、その背景にある複雑な課題と、未来への選択肢について考えてみませんか?


参考資料・出典

  • 水道法(昭和32年法律第177号)
  • 厚生労働省「水道事業の基盤強化に向けた取組について」(2023年)
  • 総務省「地方公営企業年鑑」(令和4年版)
  • 国土交通省「インフラ長寿命化基本計画」(2020年改定)
  • 日本水道協会「水道事業ガイドライン」(JWWA Q 100)
  • 総務省「公営企業の経営のあり方に関する研究会報告書」(2022年)
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