ちょっと聞いてほしい。
意見が通らない。
自分の方が正しいのに、誰も聞いてくれない。
会議が終わって、また誰かの案が採用されて、
モヤモヤしたまま帰路につく。
風呂に入っても、頭がぐるぐるする。
寝る前にも、あの場面をまた思い返してしまう。
……それ、すごくわかる。
私も長いこと、同じことで消耗してきた。
あれは、現場で搬入口から荷物を下ろす作業のときだった。
櫓の組み方で意見が割れた。
私は手間がかかっても安全な組み方を主張した。
相手は「すぐ終わる作業だから」と、段取りを省いた簡単な組み方を譲らなかった。
腹が立った。「なぜわかってくれないんだ」と思った。
でも、押し切るのをやめた。
黙って、安全な方で組んだ。それだけだった。
しばらくして、その部下が別の現場で同じ場面に自分から「ちゃんと組みましょう」と言い出した。
押しつけた言葉は、その場で消える。
やって見せた背中は、じわじわと残る。
あのとき気づいたのは、「正しさを証明しようとしていた間は、何も変わらなかった」ということだ。
「なぜ伝わらないんだ」と思い続けた日々
あの体験をするまで、私はずっと「なぜわかってくれないんだ」と思い続けていた。
経験がある。現場を見てきた。
自分の判断の方が正しいはずなのに、伝わらない。
その苦しさは、本物だった。
でも今思えば、その苦しさの正体は「相手が変わらないこと」じゃなかった。
「相手を変えようとし続けていたこと」だった。
正しさの呪縛を手放したとき、何かが変わった
少し、聞いてほしい。
「絶対に正しい」とは、誰にも言えない。
なぜか。状況は、常に動いているからだ。
昨日の正解が、今日も正解とは限らない。
あなたが見ている景色と、相手が見ている景色は、微妙にずれている。
どちらが「正しい」かじゃなくて、
ただ、二つの視点がある。それだけなんだ。
「自分が正しい」から出発すると、相手は「間違っている人」になる。
間違っている人を、正そうとする。
そこから、消耗がはじまる。
これに気づいたとき、少しだけ肩の力が抜けないだろうか。
人間関係の解決策は、突き詰めると二択しかない
何年もこれで悩んできて、気づいたことがある。
人間関係の解決策は、突き詰めると二択しかない。
相手を受け入れるか、距離を置くか。
それだけだ。
「相手を変える」は、選択肢にない。
人は、他人からコントロールされることを、本能的に嫌がるから。
押せば押すほど、反発する。
正論をぶつければぶつけるほど、壁ができる。
あなたが「なんで伝わらないんだ」と感じてきたのも、
もしかしたらここに原因があるかもしれない。
相手を変えようとするエネルギーを、
自分の反応を変えることに使う。
これが、出発点になる。
与えて、忘れる。それだけで信頼が積み上がる
長い目で見て、職場で信頼を集めている人って、
声が大きい人じゃない。
正論を通し続けている人でもない。
「あの人に話すと、なんか楽になる」
「あの人は、見返りを求めずに助けてくれる」
そう思われている人が、最終的に一番強い。
これを「ギバー」と言う。与える人のことだ。
・自分の知っている情報を、惜しみなく伝える。
・困っている同僚がいれば、声をかける。
・お返しを、期待しない。
・してあげたことは、その瞬間にポンッと忘れる。
最後のここが、すごく大事。
「してあげた」という意識が残ると、無意識にお返しを待つようになる。
それが返ってこないとき、また苦しくなる。
与えた瞬間に、忘れる。
そうすると、不思議とね、相手が勝手にあなたを信頼しはじめる。
認められたくて頑張るほど、人は離れる。
与え続けていたら、気づいたら認められていた。
そういうものなんだ。
まず一つだけ。今日の職場で試せること
難しいことはいらない。
今日、職場で誰かが困っていそうなとき、
「手伝いましょうか」と一言だけ言ってみる。
それだけ。
返事がなくてもいい。
うまく感謝されなくても、忘れていい。
その一言が積み重なったとき、
「あの人に聞いてみよう」という空気が、自然とできてくる。
意見が通らないと感じていた職場で、
気づいたら話を聞かれる立場になっていた。
そういうことが、起きる。
最後に一つだけ
人間関係に疲れているとき、私たちはつい「なんで相手は変わらないんだ」と考える。
でも、変えられるのは自分だけだ。
相手を受け入れるか、距離を置くか。
その選択を、自分がする。
期待を手放して、与えることだけに集中する。
その瞬間から、職場がちょっと軽くなる。
あなたの経験と知識は、本物だ。
「認めさせる」ためじゃなくて、「与える」ために使ったとき、
その価値は、何倍にもなって返ってくる。

コメント