2026年7月28日のニュースを見てから、どうも手元が落ち着きません。頭のどこかで、ずっと同じことを考えています。
2026年7月28日16時27分、熊本地方で最大震度7の「令和8年熊本地震」が発生しました。イオンモール熊本のある嘉島町でも震度6強という激しい揺れを記録しています。
その約80分後、熊本県嘉島町のイオンモール熊本で、LPガスの爆発事故が起きました。一度は避難したはずのテナント従業員の方々が7人も亡くなりました。経済産業省の発表によれば、負傷者は26人にのぼります。
ニュースのコメント欄やSNSには、「危険な場所になぜ戻ったんだ」「マニュアルを守るべきだった」という厳しい声も目にします。
でも、正直に言わせてください。私はこのニュースを見ながら、背中がぞっと冷たくなるような恐怖を感じていました。責める気持ちは、1ミリも湧いてきませんでした。
むしろ「もし自分がその場にいたら、同じように建物の中へ駆け戻って、爆発に巻き込まれていたかもしれない」。そう思ったら、胸の奥がずっと重たいんです。
……いや、「かもしれない」なんて曖昧な言い方は、正直やめようと思います。たぶん、私は戻っていました。断言できます。それくらい、あの状況で「戻らない」を選べる自信が、自分にはありません。
なぜ人は「戻って」しまうのか
今の時代、スマホや車の鍵は単なる「持ち物」じゃありません。家族の安否を確かめる唯一の手段であり、身分証明であり、家に入る鍵であり、避難先で生きていくための命綱そのものです。
もし自分が大地震に遭って、着の身着のままで避難所に放り出されて、ポケットを探ったときにスマホがなかったとしたら。「危険だから戻るな」という看板が目に入っても、心のどこかで「ちょっとそこにあるだけだから」「1分で取って戻るから」と、自分に都合のいい言い訳を作って走り出してしまう気がします。
正直、私だってポケットにあの四角い感触がないと気づいたら、その瞬間に冷や汗が出ます。頭で判断する前に、体が勝手に元の場所へ向かってしまうかもしれません。
売上金やレジ締めも同じ構造です。責任感が強くて真面目な人ほど、「お金を放り出して逃げたら会社に何と言われるか」「店の鍵を閉めなきゃ」と、非常時の恐怖よりも平時の職務プレッシャーに背中を押されてしまう。
それは、特別な誰かの愚かな判断ではありません。私や、あなたや、毎日を真面目に生きている普通の人間が持つ「生々しい弱さ」であり、「日常の慣性」なんだと思います。だからこそ、余計に恐ろしい。
25年間、私は何を「安全」だと思ってきたか
設備管理を25年やってきました。資格を持ち、定期講習も欠かさず受けています。講習では毎回、過去数年の事故事例が扱われ、法律や基準がどう変わったかを学びます。「なるほど」と思って現場に戻る。その繰り返しでした。
「過去の事故を忘れるな。想定を超えることが起きるぞ」と講師に言われ、ノートに真面目にメモを取りながら、心のどこかでは「自分は基準通りに点検している。マニュアルを守っていれば安全だ」と、自分を安心させていたのかもしれません。
今回の熊本の現場について、報道ではLPガスのタンクや各店舗の配管に遮断弁が設置されていたことが伝えられています。ただし、その遮断弁が地震後に正常に作動したのかどうかは、この記事を書いている時点でもまだ解明されていません。専門家の間でも「焦点はガス遮断装置にある」という指摘にとどまっており、原因究明は続いています。
つまり今の段階で確実に言えるのは、「設備は決して丸腰ではなかった。それでも防げなかった」という事実だけです。断定はできません。それでも、この「基準を満たしているはずの設備があっても、被害を防ぎきれなかったかもしれない」という可能性そのものが、25年この仕事をしてきた私には重い問いとして突きつけられています。
現場で実際に何が起きていたか
想像で語るのは、もうやめようと思います。イオン側が公表した経過を見ると、この「戻ってしまう」がどれほど組織のごく普通のやり取りの中で起きたかが分かるからです。
地震発生は16時27分。17時ごろには来店客・従業員ともに屋外避難が確認され、17時12分と17時21分には、イオンモール側から専門店の店長・従業員に向けて「本日の営業中止」「帰宅」というアナウンスが一斉送信されています。つまり本社レベルでは、この時点で「解散して帰ってください」という指示しか出ていません。「戻ってよい」という許可は一度も配信していない、とイオン側は説明しています。
それなのに、爆発が起きた17時50分までの間に、現場では複数の再入館が起きていました。
あるアパレル企業では、従業員3名の無事が16時33分に本社の営業担当者へ電話で確認されています。ところが17時19分、その従業員本人から「貴重品を取るために店舗に戻ることができたが、何かやることはありますか」という連絡が入りました。担当者は自分がそんな指示を出していないことに驚き、すぐに外へ出るよう伝えます。17時36分には「ちょうど店舗を出るところです」という返答があり、ひとまず安心した――そのわずか14分後に、爆発が起きています。
別の雑貨店では、本社の役員が店長を通じて「もし戻れるのであれば売上金を金庫に保管してほしい。ただし、イオンモールの許可を得られた場合に入ってください。だめと言われたら荷物は諦めてください」という条件付きの指示を出していました。店長がその内容を現場の2人に伝え、2人は施設側のスタッフと言葉を交わしたうえで館内に戻ったとされています。施設側のスタッフからは店長に「2人が入っていったので心配だ、気をつけてと声をかけた」という連絡も残っていました。その15分後に、爆発が起きています。
この経過を読んで、私はぞっとしました。誰か一人が「戻れ」と命じたわけじゃないんです。従業員は律儀に「何かやることはありますか」と聞いただけ。上司は「もし戻れるなら」「許可が出たら」と、条件をつけただけ。悪意なんてどこにもない。ただ、電話を一本回すたびに、最終的に誰が責任を持つのかが少しずつぼやけていって、気づいたときには、もう誰も強く「戻るな」と止めていなかった。それが一番怖いところだと思います。
なお、イオンの社長は事故直後の会見で「中に入って良いと言ったことは一切ない」と明確に否定しました。しかしその後の報道や遺族への説明の中で、現場レベルでは再入館を許可していた事実があったことを、イオン側も認めています。本社が決めたルールと、現場で実際に起きたことの間には、埋めがたい溝があったわけです。これはイオンだけの問題ではなく、本社の方針と現場対応の間に溝が生まれるという構造そのものが、どんな組織にも起こり得ることだと思います。
「建物は無事に見える」という一番の罠
今回の現場は、破滅的な倒壊はしていませんでした。外から見れば壁も立っている。専門家の分析では、可燃性ガスがバックヤードのような密閉空間に滞留し、圧力を逃がす窓などがなかったために内圧が高まり、外壁ごと吹き飛ぶような大規模な爆発につながった可能性が指摘されています。つまり、建物が「無事に見える」こと自体が、内部に危険が溜まっている兆候を覆い隠してしまっていたわけです。
そして、ここが一番苦しいところなのですが、今回の結果は「戻ってしまったから当然こうなった」というような、一直線の因果ではないと思うんです。ガスが漏れたこと。それが逃げ場のない密閉空間に流れ込んだこと。その濃度が、たまたま爆発する範囲に収まっていたこと。そこにたまたま着火源があったこと。そして、そのタイミングでたまたま建物の中に人がいたこと。このどれか一つでも欠けていれば、爆発は起きなかったか、起きても誰も巻き込まれなかったかもしれません。いくつもの「たまたま」が悪いほうに重なり続けた結果が、あの17時50分だったんだと思います。
設備管理の世界では、電気ひとつでも「絶縁確認」をして漏電がないと確信できるまで通電させません。ガスも同じです。目に見えない配管の破断や微量な漏れがあるかもしれないから、地震のあとに安全確認もなしに状態を判断するなんて、本来は絶対にできないはずなんです。
ポータブルのガス検知器を持った技術者が、目に見えないガスの滞留状況を事前に測定し、「ここは立ち入り不可」「ここなら安全ルートが確保できる」というチェックを済ませて、初めて人が足を踏み入れられる。それが本来の手順です。
前の章で見た2つのケースは、まさにこの「専門的な安全チェックを飛ばしたまま人が中に入ってしまう」という状態そのものでした。ガス検知器を持った技術者が「ここは危険」「ここなら安全」と判断する前に、条件付きの指示や現場の情に押されて、扉が開いてしまった。
もし、いくつもの「たまたま」のどれか一つでもずれていて、爆発が起きず全員が無事に売上金やスマホを持って戻れていたら、「柔軟に対応してくれた良い会社・施設だ」と評価されて終わっていたかもしれません。当事者たちが取った行動そのものは、その日、その時刻に限って言えば、実はそれほど変わらなかったはずです。結果を分けたのは判断の善し悪しではなく、運の重なりだったんだと思います。
「想定外でした」で終わらせたくない
25年この仕事を続けてきて、講習を受けるたびに「なるほど」と思って現場に戻ってきましたが、マニュアルの1行1行の裏には、過去の事故で亡くなった誰かの無念さが詰まっているはずです。
「想定外でした」と言えば、その場は収まるかもしれません。誰かの責任は軽くなるかもしれません。でもそれでは、次の事故でまた誰かが同じように命を落とします。
ハード面(配管や遮断弁)をどれだけ新しくしても、「貴重品を取りに戻りたい」という人間の心理や、「本社の指示に応えたい」「困っている人を助けたい」という現場の律儀さ・親切心がある限り、同じ構造の事故はまた起こり得ます。今回の経過を見て私が痛感したのは、「戻れ」という強い命令ではなく、「もし戻れるなら」「許可が出たら」という条件付きの言葉のほうが、むしろ人を動かしてしまうということです。だとすれば、必要なのは精神論ではなく、次の3つを現場に落とし込む具体的な仕組みだと思います。
- 物理的に入れない構造:避難後、安全確認が終わるまで施設側が該当エリアを機械的・物理的に封鎖できる設計(自動施錠、係員の常時配置など)。「戻るな」という掲示や口頭の判断だけに頼らない。
- 条件付き指示を禁じる運用:「もし戻れるなら」「許可が出たら」という曖昧な指示そのものを、本社から現場への伝達ルールとして禁止する。判断を現場に丸投げしない、というルールを明文化する。
- 不安を減らす代替手段:貴重品を取りに戻らなくても、家族の安否確認や当面の生活ができるよう、避難所側での通信手段の提供や、施設側による貴重品の代理保管・後日返却の仕組みなど、「戻らなくても大丈夫」を具体的に示す設計。
正直に言うと、25年やってきた私の中にも、まだすっきりとした完璧な答えはありません。数年後の講習でこの熊本の事故が事例として取り上げられたとき、新しいテキストのページをめくりながら、私はまた現場の難しさに頭を抱えるんだと思います。
それでも、「自分だって同じ行動をして死んでいたかもしれない」という恐怖から目を背けずに、「どうすればあの1歩を止められたか」と現場で泥臭く悩み続けること。それしか、資格を持ち現場に立ち続ける者にできる誠実な責任の取り方はないんじゃないかと思います。
あなたに、ひとつだけ聞きたいこと
これを読んでいるみなさんも、もし明日大きな揺れに襲われて、命からがら外に逃げ延びたとします。ふとポケットを探って、一番大切なスマホや車の鍵がなかったとき、「ちょっとだけなら」と、建物の中へ足を踏み出さずにいられますか。
その一歩を、意志の力だけで止めるのは難しいと思います。だからこそ、今日からできることが一つあります。家族と「災害時に落ち合う場所」と「安否確認の方法」を、スマホがなくても分かる形(紙のメモ、決まった集合場所)で決めておくことです。スマホが命綱になっているのなら、スマホが手元になくても命綱が切れない仕組みを、先に作っておく。それだけで、「戻らない」という選択のハードルは確実に下がります。

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