ふいに襲ってくる昼の眠気を、「若くないんだから」で済ませる前に、少しだけ会ってほしい人がいます。
いつかの、あなたです。
職場では頼られる顔をして、家に帰れば大切な誰かを支えていた。何かあればすぐ動けるように、いつも心のどこかで身構えていた。
その長いあいだ、あなたは一度も倒れませんでした。弱音ひとつ、こぼさずに。
拍手してくれる人は、いなかったかもしれません。それでも、あの歳月を走り切ったのは、まぎれもなくあなたです。
「もう十分だよ」。たった一言、誰かにそう言ってほしかった夜が、本当はあったのではないでしょうか。
だから、まずはここで伝えさせてください。本当に、よくやってこられました。
「歳のせいかな」と、笑ってごまかしていませんか
最近、どうも頭にもやがかかっている。
会議の資料を読んでいても、三行目あたりで文字がすべっていく。昔はぽんぽん湧いてきたアイデアが、このところ井戸の底を覗くように静かです。
「まあ、60にもなればな」
そう言って笑えば、話はそこでおしまい。周りも「お互い様ですね」と返してくれる。
でも、ひとりになったとき、ふと思いませんか。
睡眠は足りているはずなのに、夜中に一度、決まって目が覚める。好きだったはずの趣味に、気持ちが弾まない。人の話の裏を、つい探してしまう。
「打ち合わせで反応が遅いの、気づかれてるんじゃないか」
そんな声が、胸の内をかすめる日もあるはずです。
その鈍さは、能力が衰えたせいではないのかもしれません。奥のほうで片づけそびれた何かが、黙って容量を食っている。そう捉えることもできます。
それは果たして、単なる「年齢」でしょうか。
「年齢のせい」という言い訳は、最も便利で、最も残酷な診断書です。
定年の日、肩書きを全部はがされたら何が残るのか
あと数年で、会社を去る日がやってきます。
職場で「頼れる人」でいた立場も、その日に返すことになります。
想像してみてください。最後の挨拶を済ませ、花束を抱えて玄関の戸を開ける。翌朝、目覚ましの鳴らない部屋で、天井を見上げる。
そのとき、看板の下から出てくるのは、どんなあなたでしょうか。
怖いのは、体力が落ちることではありません。楽しみ方を忘れたまま、「自分」という中身を確かめないうちに、残りの人生が流れ去ってしまうことです。
このまま何もしなければ、定年の日は「解放」ではなく、ただの「空白」になります。
厄介なのは、肩書きが外されても、中身まで一緒に外れてくれるとは限らないことです。舞台から降ろされても、衣装だけははがれないまま、肌に張りついている。
実は同じことが、あなたの中では、ひと足先に起きているのかもしれません。
眠りが浅いのは、体がまだ「待機中」だからかもしれない
思い出してみてください。
いつかのあなたは、いつ呼ばれても起き上がれるように休んできました。深く眠り込まないこと。それが、あの頃のあなたにとっての「正しい休み方」だったんです。
あれから、ずいぶん経ちます。それでも夜中に目が覚めるのは、どこかが壊れたからではないのかもしれません。務めはとうに果たしたのに、体だけが夜勤を続けている。待機の解除ボタンが、押されないまま残っている。そういう見方もできます。
高い負荷で何年も回し続けた機械は、負荷を下げても、しばらくは当時の振動の癖が抜けません。人の心身も、案外それに似ています。
だとしたら、必要なのは新しい健康法を足すことではありません。「身構えるのは終わりにしていい」と、自分に知らせてあげることです。
その役、今も誰かに頼まれていますか
あなたが毎日まとっているものを、思い浮かべてみてください。
弱音を吐かない人。いつでも動ける人。自分のことは後回しにする人。
それは、あなたの性格だと思っていたかもしれません。でも、長い年月をかけて身につけた役割だったとしたら、これからも同じように生きる必要はありません。
「昔に比べたら、ずっと楽になったはずだ。なのに、気分が晴れない。……どこか、おかしいんじゃないか」
そう自分を責めたことがあるなら、一点だけ、聞かせてください。
その装いを、誰かが望んでいますか。
……おそらく、誰からも求められてはいないはずです。あれは、ある時期を乗り切るために身につけたものでした。その時期は、すでに幕を閉じています。
幕が下りても着たままの衣装は、重りでしかありません。
それでもあなたは、今日もそれを着こんで出かけていく。誰に言われたわけでもなく、自分で契約を自動更新し続けている。
頼まれていない我慢は、優しさとは呼べません。ただの習慣です。
「自分のためだけに、何かを味わってみたい。でも、そんなのは身勝手だ」
そうやって打ち消してきた思いがあるなら、はっきり言います。脱ぐのは逃げでも、わがままでもありません。とっくに期限の切れた約束を、確かめるだけです。
人が重荷をそっと置くのは、一瞬です。けれど、置いていいと気づくまでには、その何十倍もの月日がかかります。
静かに区切りをつける、4つの手順
今日やることは、4つだけです。
1. いま演じている役割を、紙に書き出す 浮かんだ順に、名前を与えてください。そのとき胸に湧いた感情も、短く書き留めて。 気持ちに言葉のラベルを貼るだけで、脳の警戒反応が静まることがわかっています。
2. それぞれの横に「今も依頼されているか?」と記し、正直に答える 片づいていない物事は頭に居座り、集中力を削り続けます。この問いは、開きっぱなしの回路を閉じるための確認です。
3. 誰にも必要とされていない役目の隣に、「おつかれさま」と書き添える 小さな儀式は、信じていない人の喪失感さえ和らげます。もっとも、効くのは自分の手で行った場合だけです。
4. 仕上げに「明日、自分のためにすること」を1行だけ記す 過去だけで終えると、寝つきを妨げることがあります。散歩でも、好きな一杯でもいい。誰のためでもない予定で構いません。
声に出さなくていい。誰にも見せなくていい。
ねぎらいを書き込んだ瞬間、その務めは「現在の自分」から「過去の自分が立派にやり遂げた仕事」へと移ります。
※ なお、気分の落ち込みや寝つけなさ、集中しにくさなどが2週間以上続いている場合は、疲れが内側に強く出ているサインかもしれません。そのときは、ひとりで抱えずに医療機関へ相談してください。それもまた、肩の荷を軽くするための立派な一歩です。
手放した日から、時間と空間が戻ってくる
劇的なことは、何も起きません。したためた一言は、小さなきっかけです。
けれど、ある日の夕方、ふと見とれる。日が傾いていく、そのゆっくりとした移ろいに。「次は何をしなければ」と時計ばかり見ていたあなたのまわりを、時間そのものが流れているのが見える。
帰り道、いつもの角で足が止まる。空って、こんなに高かったか。風がどこから吹いてくるのか、肌でわかる。
家の中も、ほんのり広く感じる。こわばらせたまま縮めていた肩のまわりに、ひと息ぶんの空間ができている。
まとめ
昼間のまどろみも、楽しめなさも、あなたが弱くなったからではないのかもしれません。誰かのために張り詰めていた心身が、いまだにその姿勢をほどけずにいる。それだけのことだとしたら、どうでしょう。
あの日々に担ったものは、すでに終わっています。あとは、それを自分で見届けるだけ。一枚の紙が、本来のあなたを取り戻すきっかけになります。
追伸
P.S.
最後に、ひとつだけ。
あなたがその装いを脱いでも、もう誰も困りません。
なぜなら、誰も困らないこの暮らしをつくったのは、何年もの歳月を走り抜いた、あなた自身だからです。
今夜、寝る少し前に、ペンを一本だけ用意してください。そして、いちばん古くから掲げてきた看板の名を、書き出してください。それが誰からも求められていないと腑に落ちたら、横に「おつかれさま」と添え、その下に、明日の自分のための一行を残してください。

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